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ピアノ 高橋健介のブログ

ピアニストとして活動している高橋健介のブログです。主にオペラや歌曲を弾いています。現在、二期会研修所ピアニスト。

イタリア周遊①

先日、インフルエンザにかかってしまい、多方面でご迷惑おかけしてしまいました。

熱が出たのはいつ以来だろうと思って内科に行ったら、9年ぶりと言われ、カルテも無くなっているとのこと。

体調を崩して、本番や稽古を代わってもらうといのも初めての経験で、こんなことが本当にあるものかと思いました。体調管理や伝染病の予防はしっかりしなければならないと身をもって感じました。

 

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さて、11月にまわったイタリアの都市のことを書きます。まわった都市は、

パルママントヴァ、ノヴェッラーラ、フェッラーラ、ヴェネツィアパドヴァフィレンツェ、ミラノ、ボローニャ

うん。よくこれだけ行きました。ボローニャパルマは2回目、ミラノは3回目でしたが、他の都市は初めてです。

なぜこれだけまわったのか。

 

今流行りの言葉で言えば「聖地巡礼」です。

何の聖地巡礼でしょう。

お分かりになる方は少ないと思いますが、私が昨年書いた修士論文聖地巡礼です(笑)

 

論文中で何度これらの都市をキーボードで打ったことか(ミラノとボローニャ以外 ※この2つの都市はオペラを観るために行きました)。

 

私はルネサンスのマドリガーレとオペラの関係を書いていたので(特にチプリアーノ・デ・ローレとジャケス・デ・ヴェルトという作曲家を中心に)、ルネサンスに栄えた都市が多いかと思います。ノヴェッラーラはかなりマイナーな都市かもしれません。ヴェルトが働いていた街です。

 

ということで、今回はマントヴァ、ノヴェッラーラ、フェッラーラについて少し書きたいと思います。

 

マントヴァ

 

マントヴァはオペラ好きにとっては、リゴレットの街だと思いますが、その昔、モンテヴェルディが働いていた街でもあります。

 

マントヴァはイザベッラ・デステによって、北イタリア・ルネサンスの中心として隆盛します。

多くのマドリガーレ、それからヘンデルリナルド》、ロッシーニの《アルミーダ》などのオペラの原作となった『エルサレム解放』で有名なトルクァート・タッソも、マントヴァについて、こんなことを言っています。

こちら(確かドゥカーレ宮殿の壁)。

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マントヴァは非常に美しい都市であり、マントヴァを見るのに1千マイル旅行するほど値打ちがある。」トルクァート・タッソ、1586年。

 

曇っていますが、ドゥカーレ宮殿。ゴンザーガ家の宮殿。

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1607年、モンテヴェルディの《オルフェオ》が初演されたのはドゥカーレ宮殿の一室です。今は残念ながら非公開です。

 

中は次から次へと豪華な部屋が。

中でも一番有名な「結婚の間」

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右奥の建物は、バシリカ・ディ・サンタ・バルバラ。ヴェルトやモンテヴェルディが働いていた宮廷礼拝堂です。

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夜の宮殿も素敵でした。

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②フェッラーラ

 

ここも、ルネサンスにエステ家によって栄えました。16世紀のフェッラーラは文化的に最先端をいっており、他の都市から調査が来たり、ライバル視されたり、とにかく革新的な試みで繁栄していました。

マドリガーレ作曲家にとっても重要な地で、ローレやヴェルトの他にもルッツァスキやジェズアルドなども拠点にし、プロの音楽家による初の女性アンサンブルであるコンチェルト・デッレ・ドンネも活動していたり、当時の新しい音楽が響き渡ってたことでしょう。

 

エステンセ城。

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ちょうど、フェッラーラで500年前に初版されたことを記念して「アリオストの『狂えるオルランド』展」がやっていました。

『狂えるオルランド』も数々のマドリガーレ、バロック・オペラの原作になっています。

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初版本なんかが見れて、興奮しました。

 

クリスマスのマーケットも開いていて、街は明るい印象。

フェッラーラの伝統的お菓子、Pampapato(パンパパート)も買いました。写真を撮るのを忘れたので他から拝借。

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オレンジの皮やクルミが入っていて、最初は違和感ある味なのですが、徐々にハマっていきます。

 

③ノヴェッラーラ

この街は知る人ぞ知る街?

日本人だったら、ヴェルトに興味のある人しかいかないでしょう。そもそもヴェルトに興味ある日本人て数えるほどしかいないでしょう(笑)

レッジョ・エミーリアから、田舎道をのこのこ電車に乗っていると着きます。

窓からの風景。

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Trenitaliaの系列ではないローカル線なので、帰りはTabacchiで(バスの切符みたいに)切符を買いました。

 

中心部はとても綺麗でした。

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この街にヴェルトがいたのかと思うと感慨深かったです。

でも、特に観光スポットもないので、ヨーロッパ恒例!?作曲家や作家の「通り巡り」。

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これに限らず、レオンカヴァッロ、マスカーニ、ポンキエッリ、D.スカルラッティ、などなど。住人には変な目で見られながらの撮影。 

 

そんなわけで、また気が向いたらイタリア周遊②を更新します。